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なぜ神田祭は天下祭と呼ばれるのか?

天下祭と呼ばれる所以

別名「天下祭」や「御用祭」と呼ばれる神田祭。

なぜ天下祭と言われるようになったのか?

その由来は江戸幕府を開いた徳川家康の戦勝祈願にあります。

家康は戦の前になると必ず神田明神にて戦勝祈願を行っていました。

理由は神田明神に祀られている平将門神に祈願すると勝負事に勝つとの言い伝えがあったからです。

特に慶長5年(1600年)の会津征伐や関ヶ原の戦いはこのご利益にあずかった奇跡とも言える勝ちっぷりです。

天下分け目の大戦と称される関ヶ原の戦いも開戦後、わずか半日という早さで徳川軍が勝利を挙げています。

また、幸運にも家康が天下統一を成し遂げた日は神田神社の祭礼日(神田祭の日)と重なっていたことから神田祭は縁起の良い祭とされ、「以後絶やすことがないように」と徳川家より立派な社殿や神輿が寄進されました。

以降、神田祭は江戸城内に神輿が入ることを許された徳川幕府公認のお祭りとなり、「天下祭」と呼ばれるようになったのです。

赤坂日枝神社の「山王祭」も同じく天下祭と呼ばれていますが、両者に共通する点は以下の3つです。

・江戸城内に祭礼行列が入ることを許された祭であること。

・江戸城内で徳川将軍が祭を見物することがあったこと。

・江戸幕府が祭礼費用を負担したこと。

このように天下祭とは言わば、国家公認の一大行事だったわけです。

余りにも盛大に行われることから毎年行うと町や民が疲弊してしまうと言うことで天和元年(1681年)より神田祭は赤坂日枝神社の山王祭と隔年で行うよう幕府からお達しがありました。

以後、奇数年が本祭の年、偶数年が蔭祭の年として恒例化されています。

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